たとえば、令和になり天皇陛下が譲位により交代しました。
新しい天皇陛下は59歳、皇太子に変わる皇嗣となられた秋篠宮殿下は55歳だそうです。
皇位継承第一位の皇嗣さま、第二位は12歳の悠仁様です。その次は上皇陛下の弟になるので、現実的に難しいと思います。
ここで話題に上るのは、「女性天皇」と「女系天皇」です。
女性天皇とは言葉の通り、女性が天皇になること。今上天皇のお子様、愛子さまや皇嗣殿下の眞子さま、佳子さまが皇位を継承することです。
ならば女系天皇とは?皇位を継いだ、愛子さま、眞子さま、佳子さまのお子様が即位する…と報道されていますが。
女系とは女性だけで受け継がれてきた血筋を指します。たとえば、愛子さまは雅子さま、雅子さまの母、祖母、曾祖母…とたどっていかなければいけません。
この系譜に女性天皇がいればいいのですが、全くいない場合。愛子さまの子供が男女どっちでも「男系・女系でもない天皇」となってしまうのです。
どうして、今までこんなことがなかったのか。
皇位継承、皇族との婚姻が政略結婚ではなくなったのが明治以降からでした。それまでは皇室と血縁関係を結び、権力を握ろうとした人たちがたくさんいました。
たとえば、大化の改新で滅びた蘇我氏。蘇我馬子は3人の娘を崇峻天皇、聖徳太子に嫁がせ、皇族と血縁関係を持つことで朝廷を支配していました。また藤原氏も娘を天皇と結婚させた上、反発していた長屋王の一族を滅亡させます。
藤原氏の勢力が衰えてくると、代わりに源平が台頭してきます。特に平清盛は自分の娘を天皇と結婚させたうえ、保元・平治の乱で源氏勢力を衰退させました。その後、源平合戦となり、清盛の意向で1歳2ヶ月で即位した安徳天皇が6歳4ヶ月で崩御(兵士側の女官に抱かれ投身)するなど、天皇は時の権力者に皇位を奪われたり、殺されたりしました。
しかし、当時は女性天皇に自分の息子を婿入りさせると思わなかったため、男系が続いたわけです。
平清盛が自分の息子を女性天皇と結婚させていれば、平家の天皇(平家も桓武天皇の男系なので、男系ですが)となるし、藤原氏だったら藤原家の天皇、徳川氏なら徳川家の天皇として、婿を出した家が強大な権力を持つのではと恐れられていました。
天皇、皇室の歴史は2600年を超え、幾度となく皇室を乗っ取ろうと画策されたことがありました。その危機を乗り越えたのが、今、悠仁様しか受け継がれていない「男系男子」という根拠です。
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